9月22日に開催された伊豆市議会本会議において当局より提案された議案「旧天城湯ヶ島支所庁舎等の減額貸付」は賛成多数で可決成立しました。
不動産鑑定価格1億1000万円を1000万円(税抜き)で減額譲渡する議案は、事前に伊豆市民には全く知らされることなく市議会の審議・討論だけで成立しました。
菊地市長は現在開催されている市民懇談会において、事前に市民に知らせなかった理由を以下のように述べました。
「同じ施設を同じように使い続けることを行政も議会もその状態を承知しているもので所有権の移転を覚書で交わしている。議会の皆さんもすでに了解されている件の最後の手続きである。それは市民の皆さんに同意をいただくよりも議会の議決をいただくということで私は理解をいただけると考えていた」
これは驚きの発言ですね。
国民や市民に「知る権利」があります。
「知る権利」とは、憲法21条が明記する表現の自由の一内容であり、自己実現・自己統治の重要な手段です。 国民・市民が国政・市政などについて情報を十分に公開されることにより、1人1人がその情報を吟味した上で適正な意見を形成することができるようになります。 情報公開は、国民・市民による国政などの監視・参加を充実させるものです。(公益社団法人自由人権協会)
9月27日現在、伊豆市民が「減額譲渡」に対し知ることができるのは8月28日の本会議における、議案68号 財産の減額譲渡 提案理由だけです。具体的な質疑が行われた総務経済委員会はインターネット中継はありませんし、伊豆市議会HPにはその議事録もありませんので、どのような質疑が行われたのか公式にはわからないのです。
伊豆市民は「知る権利」をこれだけ奪われているのだということを知っておくべきだと思います。
伊豆市議会HP に掲載されている令和5年9月定例会の「録画」より
令和5年8月29日 本会議
議案68号 財産の減額譲渡 提案理由
菊地市長
現在東京ラスクに貸し出している旧天城湯ヶ島支所建物について減額譲渡するために、地方自治法96条1第6項の規定により議会の議決をお願いするものである。
東京ラスクの事業活用については平成22年の減額貸付以降湯ヶ島地区の活性化に寄与するものとして東京ラスクと協議を重ねてきました。市としては施設の経年劣化による将にわたる財政的及び人的負担や公用地配置計画による市有施設の適正化をスピード感を持って実行することを考慮したとき、減額しても譲渡するほうが公益にかなうものとする
総務部長 補足説明
1・譲渡する財産は現在東京ラスクに貸し付けている市山地区の旧天城湯ヶ島支所、旧保健センターなど4つの移設であり総面積は4829平方mである。
2・不動産鑑定価格は1億1000万円(「税抜」なので売買価格は消費税込みで1億2千万円でとなる。
3・譲渡方法は随意契約による売買契約となる
4・契約の相手先は(株)グランパー
5・譲渡価格は税込1100万円とする
2023年09月28日
2023年09月26日
人口減少対策の切り札 「コンパクトシティー」破綻(その2) チグハグ国策、衰退加速
国が地方活性化の切り札として進めているコンパクトシティは成功例がないといわれています。
伊豆市でも文教ガーデンシティ構想の時にコンパクトシティという名称のもとに、現在の新中学校建設地付近や修善寺こども園がある場所に新中学校を中核として、こども園、公園、住宅地(後に病院移転に変更)を一体化して建設する計画でした。しかし、議会での否決を受け撤回。
その後、修善寺こども園を新設、現在新中学校と防災機能を兼ねた公園を建設中です。
伊豆市の都市構想の大きな柱であり、修善寺駅周辺1qに市役所、学校、こども園、住宅地を集中させる構想でもあります。
名称はコンパクトシティと名称を使っていませんが、内容的には文教ガーデンシティ構想の時のコンパクトシティとほぼ同様な内容となっていると私は感じていますが。
毎日新聞 2023/9/20
人口減少対策の切り札 「コンパクトシティー」破綻(その2) チグハグ国策、衰退加速
土地規制に穴 需要、郊外へ
中心地の活性化を掲げる一方で、郊外開発を認める国のチグハグな対応も、制度を骨抜きにした。中心市街地活性化法と同じ1998年には自治体に「特別用途地区」での土地利用の規制緩和を認める「改正都市計画法」、2000年には大型店の出店規制を緩和する「大規模小売店舗立地法」が施行され、大型店の郊外進出が進んだ。
中心地の衰退は続き、国は06年に「まちづくり3法」を改正し、大型店(1万平方メートル超)の出店を規制するなど郊外立地の規制を強化した。だが、青森市郊外には規制対象に満たない中規模のショッピングセンターなどが進出し、開発に歯止めはかからなかった。
16年に総務省がまとめた「地域活性化に関する行政評価」では、中活基本計画を国が認めた44件のうち目標を全て達成できた計画はゼロ。事業は「中心市街地に限定した取り組みには限界がある」などと酷評された。
コンパクトシティーに詳しい氏原岳人・岡山大准教授(都市計画)は中心市街地活性化事業について「中心部の活性化に偏重し、郊外の土地利用規制が不十分だったので失敗した。土地利用規制はハードルが高く、行政は『街のにぎわい創出』という聞こえが良いところから入ったが、結局規制ができなかったため、需要は郊外に流れてしまった」と指摘する。
こうした批判の高まりを受け、14年には特定区域に商業地や住宅地を誘導する「改正都市再生特別措置法」が施行された。自治体が「立地適正化計画」を策定し、国が補助金などで誘導を後押しする内容だ。
氏原准教授は「立地適正化計画の作成を機に郊外の開発許可を厳しくして、拠点として指定したところを再生しようという自治体も現れてきた」と評価する。
ただし、「拠点に公共施設や病院、宅地などを誘導するための有効な手段が自治体側に乏しい。また拠点を選ぶ際に住民から『なぜうちが選ばれないのか』という声が出て、拠点が多くなりすぎる」などの課題もあると指摘する。
アウガは衰退の一途をたどった。09年の市長選で佐々木誠造氏を破って初当選した鹿内博氏(75)が市長に就任した時点で、アウガは債務超過に陥っていたという。「日々の売り上げに右往左往するアウガに依存した中心市街地活性化は、砂上の楼閣だった」。16年にアウガが破綻し、鹿内氏は追加融資の責任を取って辞職した。
コンパクトシティー失敗の烙印(らくいん)を押された青森市は18年、一極化路線を転換し、複数の拠点を鉄道網でつなぐ「立地適正化計画」を作成して街の立て直しを図っている。
現在、青森市では県庁近くの市街地・新町(しんまち)周辺などで再開発が進み、真新しい商業ビルやマンションが建ち並ぶ。新町再開発には国や青森市が計約33億円の補助金を投じている。
だが、中心市街地全体の人通りはけっして多いとは言えない。青森商工会議所などが22年10月に中心市街地で実施した調査で、歩行者通行量は平日5万3044人、休日3万8088人。かつて中活基本計画で定めた目標値の7割程度にとどまった。
アウガの前で駐車していたタクシー運転手の男性(69)はこう話した。「アウガが破綻したときに比べれば、多少人通りは良くなった。んだばって(だけど)、どうせまた人も減っていくんでは。行政に振り回されてきた街だはんで(だから)、年々人口が減るのに再開発ばかり進めてもまいねびょん(だめだよね)」
政府は現在も、コンパクトシティー形成を「国策」として掲げる。都市のコンパクト化を目指す自治体を後押しするため、国土交通省や経済産業省など関係省庁による支援チームを設置。市町村の取り組みを省庁横断的に支援している。
国交省によると、コンパクトシティー化に向け商業地や住宅地の誘導区域を設定するなどの「立地適正化計画」について、今年3月末現在で全国675自治体が作成・公表などの具体的な取り組みを行っているという。【宮城裕也】
脱・車依存、人招く LRT導入で活路
中心部のにぎわい偏重から、多極的な街づくりへ。国の路線変更に影響を与えたとされるのが、公共交通を活用してコンパクトシティーを目指す富山市の取り組みだ。
富山市は2006年、国内で初めてLRT(次世代型路面電車)を本格的に導入した。老朽化したローカル線の軌道を引き継ぎ、JR富山駅北側から市北部への7・6キロを結んだ。その後も富山駅南側に環状線を整備し、駅で南北の路線を接続させるなど拡張。利用者数は堅調に推移している。
市は並行してLRT沿線の地域を「居住推進地区」に設定して住宅取得を補助した。車への依存度を下げるため、高齢者向けに市内を走る路面電車やバスの運賃が1回当たり100円になる年間パスを発行するなどし、人の流れを公共交通へと振り向けた。06年のLRT整備後、富山市中心部の人口は08年から転入超過に転じ、地価も上昇傾向にある。
氏原准教授は「交通政策と土地利用政策を一体的にやるのがコンパクトシティー政策の基本だ。日本人は手つかずの土地が好きで、人口が減少していても新築の戸建て住宅の需要が高い。だから交通を軸に土地利用をコントロールしないといけない。富山市は交通政策を中心とした居住誘導策をやっており、成果がみられ始めている」と話す。
政府も公共交通を活用した街づくりを後押しする。07年には、生活に欠かせない公共交通を確保するため、地方自治体が主体的に体制づくりを進めることなどを定めた「地域公共交通活性化再生法」が施行された。鉄道の上下分離やLRT、バス高速輸送システム(BRT)の導入などを国が支援する。さらに20年に法改正され、自治体による「地域公共交通計画」作成が努力義務化された。
宇都宮市ではLRTが今年8月26日、開業した。路面電車の開業は国内で75年ぶりで、全線新設のLRTは全国初だ。佐藤栄一市長は、市民が車だけに依存せずに、行き来しやすい都市を目指している。
ただし、コンパクト化で先行する富山市にも課題はある。富山大の唐渡広志教授(都市経済学)は「商業機能の主役は依然として郊外のロードサイド。まちなかの商店に歩いて買い物に行くという点では、まだうまくいっていない」と指摘する。
唐渡氏によると、中心部の再開発でシネマコンプレックス、スパなどが入る複合商業施設や美術館が整備されたものの、一般的には自家用車で郊外のショッピングモールなどを利用する市民の生活スタイルは変わっていないという。
唐渡氏は「このスタイルを変えるとなると、郊外の土地規制強化など痛みを伴う改革が必要になり、難しい判断となる。ただ少なくとも、中心地で店舗の建物所有者と経営者を政策的にうまく分離させるなど、高齢化してもシャッター街にならないような工夫は必要だろう」と話す。【藤渕志保、池田一生】
伊豆市でも文教ガーデンシティ構想の時にコンパクトシティという名称のもとに、現在の新中学校建設地付近や修善寺こども園がある場所に新中学校を中核として、こども園、公園、住宅地(後に病院移転に変更)を一体化して建設する計画でした。しかし、議会での否決を受け撤回。
その後、修善寺こども園を新設、現在新中学校と防災機能を兼ねた公園を建設中です。
伊豆市の都市構想の大きな柱であり、修善寺駅周辺1qに市役所、学校、こども園、住宅地を集中させる構想でもあります。
名称はコンパクトシティと名称を使っていませんが、内容的には文教ガーデンシティ構想の時のコンパクトシティとほぼ同様な内容となっていると私は感じていますが。
毎日新聞 2023/9/20
人口減少対策の切り札 「コンパクトシティー」破綻(その2) チグハグ国策、衰退加速
土地規制に穴 需要、郊外へ
中心地の活性化を掲げる一方で、郊外開発を認める国のチグハグな対応も、制度を骨抜きにした。中心市街地活性化法と同じ1998年には自治体に「特別用途地区」での土地利用の規制緩和を認める「改正都市計画法」、2000年には大型店の出店規制を緩和する「大規模小売店舗立地法」が施行され、大型店の郊外進出が進んだ。
中心地の衰退は続き、国は06年に「まちづくり3法」を改正し、大型店(1万平方メートル超)の出店を規制するなど郊外立地の規制を強化した。だが、青森市郊外には規制対象に満たない中規模のショッピングセンターなどが進出し、開発に歯止めはかからなかった。
16年に総務省がまとめた「地域活性化に関する行政評価」では、中活基本計画を国が認めた44件のうち目標を全て達成できた計画はゼロ。事業は「中心市街地に限定した取り組みには限界がある」などと酷評された。
コンパクトシティーに詳しい氏原岳人・岡山大准教授(都市計画)は中心市街地活性化事業について「中心部の活性化に偏重し、郊外の土地利用規制が不十分だったので失敗した。土地利用規制はハードルが高く、行政は『街のにぎわい創出』という聞こえが良いところから入ったが、結局規制ができなかったため、需要は郊外に流れてしまった」と指摘する。
こうした批判の高まりを受け、14年には特定区域に商業地や住宅地を誘導する「改正都市再生特別措置法」が施行された。自治体が「立地適正化計画」を策定し、国が補助金などで誘導を後押しする内容だ。
氏原准教授は「立地適正化計画の作成を機に郊外の開発許可を厳しくして、拠点として指定したところを再生しようという自治体も現れてきた」と評価する。
ただし、「拠点に公共施設や病院、宅地などを誘導するための有効な手段が自治体側に乏しい。また拠点を選ぶ際に住民から『なぜうちが選ばれないのか』という声が出て、拠点が多くなりすぎる」などの課題もあると指摘する。
アウガは衰退の一途をたどった。09年の市長選で佐々木誠造氏を破って初当選した鹿内博氏(75)が市長に就任した時点で、アウガは債務超過に陥っていたという。「日々の売り上げに右往左往するアウガに依存した中心市街地活性化は、砂上の楼閣だった」。16年にアウガが破綻し、鹿内氏は追加融資の責任を取って辞職した。
コンパクトシティー失敗の烙印(らくいん)を押された青森市は18年、一極化路線を転換し、複数の拠点を鉄道網でつなぐ「立地適正化計画」を作成して街の立て直しを図っている。
現在、青森市では県庁近くの市街地・新町(しんまち)周辺などで再開発が進み、真新しい商業ビルやマンションが建ち並ぶ。新町再開発には国や青森市が計約33億円の補助金を投じている。
だが、中心市街地全体の人通りはけっして多いとは言えない。青森商工会議所などが22年10月に中心市街地で実施した調査で、歩行者通行量は平日5万3044人、休日3万8088人。かつて中活基本計画で定めた目標値の7割程度にとどまった。
アウガの前で駐車していたタクシー運転手の男性(69)はこう話した。「アウガが破綻したときに比べれば、多少人通りは良くなった。んだばって(だけど)、どうせまた人も減っていくんでは。行政に振り回されてきた街だはんで(だから)、年々人口が減るのに再開発ばかり進めてもまいねびょん(だめだよね)」
政府は現在も、コンパクトシティー形成を「国策」として掲げる。都市のコンパクト化を目指す自治体を後押しするため、国土交通省や経済産業省など関係省庁による支援チームを設置。市町村の取り組みを省庁横断的に支援している。
国交省によると、コンパクトシティー化に向け商業地や住宅地の誘導区域を設定するなどの「立地適正化計画」について、今年3月末現在で全国675自治体が作成・公表などの具体的な取り組みを行っているという。【宮城裕也】
脱・車依存、人招く LRT導入で活路
中心部のにぎわい偏重から、多極的な街づくりへ。国の路線変更に影響を与えたとされるのが、公共交通を活用してコンパクトシティーを目指す富山市の取り組みだ。
富山市は2006年、国内で初めてLRT(次世代型路面電車)を本格的に導入した。老朽化したローカル線の軌道を引き継ぎ、JR富山駅北側から市北部への7・6キロを結んだ。その後も富山駅南側に環状線を整備し、駅で南北の路線を接続させるなど拡張。利用者数は堅調に推移している。
市は並行してLRT沿線の地域を「居住推進地区」に設定して住宅取得を補助した。車への依存度を下げるため、高齢者向けに市内を走る路面電車やバスの運賃が1回当たり100円になる年間パスを発行するなどし、人の流れを公共交通へと振り向けた。06年のLRT整備後、富山市中心部の人口は08年から転入超過に転じ、地価も上昇傾向にある。
氏原准教授は「交通政策と土地利用政策を一体的にやるのがコンパクトシティー政策の基本だ。日本人は手つかずの土地が好きで、人口が減少していても新築の戸建て住宅の需要が高い。だから交通を軸に土地利用をコントロールしないといけない。富山市は交通政策を中心とした居住誘導策をやっており、成果がみられ始めている」と話す。
政府も公共交通を活用した街づくりを後押しする。07年には、生活に欠かせない公共交通を確保するため、地方自治体が主体的に体制づくりを進めることなどを定めた「地域公共交通活性化再生法」が施行された。鉄道の上下分離やLRT、バス高速輸送システム(BRT)の導入などを国が支援する。さらに20年に法改正され、自治体による「地域公共交通計画」作成が努力義務化された。
宇都宮市ではLRTが今年8月26日、開業した。路面電車の開業は国内で75年ぶりで、全線新設のLRTは全国初だ。佐藤栄一市長は、市民が車だけに依存せずに、行き来しやすい都市を目指している。
ただし、コンパクト化で先行する富山市にも課題はある。富山大の唐渡広志教授(都市経済学)は「商業機能の主役は依然として郊外のロードサイド。まちなかの商店に歩いて買い物に行くという点では、まだうまくいっていない」と指摘する。
唐渡氏によると、中心部の再開発でシネマコンプレックス、スパなどが入る複合商業施設や美術館が整備されたものの、一般的には自家用車で郊外のショッピングモールなどを利用する市民の生活スタイルは変わっていないという。
唐渡氏は「このスタイルを変えるとなると、郊外の土地規制強化など痛みを伴う改革が必要になり、難しい判断となる。ただ少なくとも、中心地で店舗の建物所有者と経営者を政策的にうまく分離させるなど、高齢化してもシャッター街にならないような工夫は必要だろう」と話す。【藤渕志保、池田一生】
2023年09月25日
旧天城湯ヶ島支所庁舎、東京ラスクに1000万円(税抜)で減額譲渡決定
9月22日に開催された伊豆市議会9月定例会において、旧天城湯ヶ島支所庁舎等を、鑑定価格1憶11000万円の約11分の1の1000万円で東京ラスクに減額譲渡する議案が審議、採決がおこなわれました。
討論では、5人の議員が反対討論を行い、1名の議員が賛成討論を行いました
・反対討論をした議員
小川議員 星谷議員 永岡議員 鈴木正人議員 杉山武司議員
賛成討論をした議員
浅田議員
・減額譲渡の議案に反対した議員
小川議員 星谷議員 永岡議員 鈴木正人議員 杉山武司議員
・減額譲渡の議案に賛成した議員
下山議員 杉山誠議員 波多野議員 三田議員 浅田議員 鈴木優治議員 飯田議員 黒須議院 間野議員 小長谷議員
伊豆市の大切な財産を法外な価格で減額譲渡する議案に対し、本会議でも委員会でも討論に参加しなかった議員がだいぶいました。
そうした議員は伊豆市民に対しどのような説明責任を果たすのでしょうか。
伊豆日日新聞と静岡新聞は減額譲渡について小さなスペースで報道をしました。
伊豆日日新聞の報道です。
img20230924_11460214.pdf
減額譲渡に関する議会での審議内容、採決結果についてはこれからシリーズで紹介していきます。
討論では、5人の議員が反対討論を行い、1名の議員が賛成討論を行いました
・反対討論をした議員
小川議員 星谷議員 永岡議員 鈴木正人議員 杉山武司議員
賛成討論をした議員
浅田議員
減額譲渡の議案の採決では、反対5
賛成10で可決されました。
・減額譲渡の議案に反対した議員
小川議員 星谷議員 永岡議員 鈴木正人議員 杉山武司議員
・減額譲渡の議案に賛成した議員
下山議員 杉山誠議員 波多野議員 三田議員 浅田議員 鈴木優治議員 飯田議員 黒須議院 間野議員 小長谷議員
伊豆市の大切な財産を法外な価格で減額譲渡する議案に対し、本会議でも委員会でも討論に参加しなかった議員がだいぶいました。
そうした議員は伊豆市民に対しどのような説明責任を果たすのでしょうか。
伊豆日日新聞と静岡新聞は減額譲渡について小さなスペースで報道をしました。
伊豆日日新聞の報道です。
img20230924_11460214.pdf
減額譲渡に関する議会での審議内容、採決結果についてはこれからシリーズで紹介していきます。
2023年09月21日
旧天城湯ヶ島支所減額譲渡価格1000万円は、東京ラスクとの第2回目の打ち合わせ後の立ち話で東京ラスクから提示された
開催中の伊豆市議会9月定例会に上程された、旧天城湯ヶ島支所の減額譲渡(鑑定価格1億1000万円を1000万円で東京ラスクに譲渡)議案は一般質問、議案質疑後 総務経済委員会で賛成多数で可決され、9月22日の本会議最終日に審議・採決が行われます。
この議案は9月議会定例会に突然提出されましたが、伊豆市の主権者である市民には何らの説明がありません。
したがって、市民が減額譲渡の理由を知るためには伊豆市議会の傍聴しかなかったのです。
私は一般質問の傍聴をしましたが、減額譲渡に至るプロセスは不透明であり、伊豆市の貴重な財産を東京ラスクに鑑定価格の11分の1で売り渡す根拠が全く分かりませんでした。
その後にはいろんな経過があったとしても、「立ち話で出た1000万円」がそのまま譲渡価格になったとは驚きです。
このブログでは、最高裁判例における減額譲渡の考察に時間がかかり、9月定例会での議論まで届かなく、大変申し訳ないと思います。
22日の旧天城湯ヶ島支所の減額譲渡に関する審議・採決には多くの議員が参加し活発な議論がされることと思います。
現在の議員構成になってから当局提出の議案に対してはほとんどが全会一致の賛成で可決されてきました。私はこのブログにおいて、「伊豆市議会のチェック機能は機能していないのではないか」と言ってきました。
伊豆市の貴重な財産を鑑定価格の11分の1で譲渡するという前代未聞な議案に対し、議会が持つ本来の機能である「当局のチェック機能」を発揮してくださることを期待します。
伊豆市議会9月定例会最終日の議案審議・採決は9月22日 午前9時半からです。
市議会の傍聴は誰でも、自由にできます。またインターネット議会中継・録画でも傍聴できます。
多くの市民が傍聴して、どのような審議がされたのか、議員各位はどのような判断を下したのか、しっかりと見ていきましょう。
議会傍聴の時、地方自治体が財産を減額譲渡する際、議会でどのような審議が行われたのか、以下の観点で見ていただければより一層理解ができるのではないかと思います。
適正な対価によらないで譲渡等を行う必要性と妥当性があるか審議するための資料(譲渡価格、参照すべき価格、譲渡の相手方、譲渡に至るまでの経緯等)が議会に示されて、議会が価格に大きな乖離があることを踏まえた上でそれらの資料をもとに議会が当該譲渡の必要性、妥当性について審議していれば、適正な対価によらずに低廉な価格で財産が売却されたことで普通地方公共団体が多大な損害を被り、特定の者の利益を図ること防止するために議会のコントロールを要するとした法 237条2項の趣旨に適うといえるので、法 237条2項の議会の議決があったと解することができる。
この議案は9月議会定例会に突然提出されましたが、伊豆市の主権者である市民には何らの説明がありません。
したがって、市民が減額譲渡の理由を知るためには伊豆市議会の傍聴しかなかったのです。
私は一般質問の傍聴をしましたが、減額譲渡に至るプロセスは不透明であり、伊豆市の貴重な財産を東京ラスクに鑑定価格の11分の1で売り渡す根拠が全く分かりませんでした。
後日に開催された
総務経済総務委員会の質疑の時、当局から「東京ラスクとの譲渡に関する打ち合わせの2回目の会合の後、東京ラスラスクの幹部との立ち話の時に東京ラスク側から、1000万円で買いたいとの提案があった」との答弁がありました。その後にはいろんな経過があったとしても、「立ち話で出た1000万円」がそのまま譲渡価格になったとは驚きです。
このブログでは、最高裁判例における減額譲渡の考察に時間がかかり、9月定例会での議論まで届かなく、大変申し訳ないと思います。
22日の旧天城湯ヶ島支所の減額譲渡に関する審議・採決には多くの議員が参加し活発な議論がされることと思います。
現在の議員構成になってから当局提出の議案に対してはほとんどが全会一致の賛成で可決されてきました。私はこのブログにおいて、「伊豆市議会のチェック機能は機能していないのではないか」と言ってきました。
伊豆市の貴重な財産を鑑定価格の11分の1で譲渡するという前代未聞な議案に対し、議会が持つ本来の機能である「当局のチェック機能」を発揮してくださることを期待します。
伊豆市議会9月定例会最終日の議案審議・採決は9月22日 午前9時半からです。
市議会の傍聴は誰でも、自由にできます。またインターネット議会中継・録画でも傍聴できます。
多くの市民が傍聴して、どのような審議がされたのか、議員各位はどのような判断を下したのか、しっかりと見ていきましょう。
議会傍聴の時、地方自治体が財産を減額譲渡する際、議会でどのような審議が行われたのか、以下の観点で見ていただければより一層理解ができるのではないかと思います。
適正な対価によらないで譲渡等を行う必要性と妥当性があるか審議するための資料(譲渡価格、参照すべき価格、譲渡の相手方、譲渡に至るまでの経緯等)が議会に示されて、議会が価格に大きな乖離があることを踏まえた上でそれらの資料をもとに議会が当該譲渡の必要性、妥当性について審議していれば、適正な対価によらずに低廉な価格で財産が売却されたことで普通地方公共団体が多大な損害を被り、特定の者の利益を図ること防止するために議会のコントロールを要するとした法 237条2項の趣旨に適うといえるので、法 237条2項の議会の議決があったと解することができる。
2023年09月20日
人口減少対策の切り札 「コンパクトシティー」破綻(その1) ハコモノ偏重、縛られ
コンパクトシティ、聞いたことがありますね。
伊豆市の街づくりの基本構想が「コンパシティ」構想です。
伊豆市を修善寺駅前周辺1km、中伊豆地区、天城地区の中心地区に公共施設や住居を集中する構想です。
すでに修善寺駅周辺1kmには、新中学校や広大な防災公園が建設中であり、周辺には修善寺こども園もすでに開設されており、伊豆市役所などの公共施設と一体化した街づくりが進行中です。また伊豆箱根鉄道牧の郷駅前の整備や周辺の宅地開発が行われています。
巨額な公共投資を使って進行中の伊豆市版「コンパクトシティ」構想が伊豆市の将来にとって、衰退を止め、活性化していく切り札になりうるのか。それは今後5年後、10年後の伊豆市を見なければ判断はできません。
30年前から政府の大号令の下に始まったコンパクトシティ構想は成功例がいまだかってないという実例を毎日新聞では報じています。
毎日新聞 2023/9/20
商業施設や住宅を中心部に集約させる「コンパクトシティー」構想は、疲弊する地方都市の「切り札」として、約30年間にわたり期待されてきた。だが、いまだに明確な成功事例を築くことができていない。実際に街を歩き、「失敗の本質」を探った。
色とりどりの洋服やユニークな雑貨が並んでいたテナントスペースは消え、職員が淡々と市民に応対する窓口になっていた――。
私は2011〜17年、初任地の青森支局で勤務した。今年8月10日、JR青森駅の目の前にある地上9階建ての大型ビル「アウガ」を6年ぶりに訪ねると、若者たちでにぎわった商業ビルは、無機質な市役所にリニューアルされていた。
アウガは01年にオープン。市場、商業施設、市立図書館などを入れた官民複合の再開発ビルで「コンパクトシティー」構想の目玉と期待された。だが、慢性的な赤字経営が続き、200億円以上の公金を投じながら16年に経営破綻した。
16年ごろ、青森市が窓口機能移転を提案した際に打ち出したのが「新たなにぎわいの創出」だった。ところが、祝日の8月11日に再びアウガを訪ねると、窓口は網をかけて閉ざされ、灼熱(しゃくねつ)の太陽の下、無人の役所からきびすを返す人の姿が時折見られるばかりだった。周辺を歩くと、テナント募集の紙が張られた「シャッター通り」が広がっていた。
コンパクトシティー構想は1970年代に米国で始まり、日本でもバブル崩壊後の90年代に議論された。98年には「中心市街地活性化法」が制定され、自治体の中心市街地活性化(中活)基本計画が国から認定されれば、中心部の再開発などで補助金が受けられるようになった。
89年から約20年間、青森市長を務めた佐々木誠造氏(90)は99年、商業施設などを中心市街地に集めてその周辺を居住エリアにし、郊外は開発を制限して八甲田山系の自然を保護するという3層に分けた都市計画を策定した。狙いは、郊外開発制限による除排雪の負担軽減だった。
当時、佐々木氏は建設省(現国土交通省)などの官僚に都市計画について説明を求められ、霞が関に何度も足を運んだ。「首相官邸で説明するから教えてほしいと請われたこともあった。それほど国は青森の計画に関心を持っていた」
だが、コンパクトシティーの意味合いは次第に変容する。郊外開発の制限や居住地の集約という概念は薄れ、中心市街地をどうにぎわせるかの議論に偏っていく。佐々木氏は「街の真ん中さえ栄えればよいと誤解する市町村がいっぱい出てきた」と振り返る。
青森市の中活基本計画は07年、富山市と共に全国で初めて国に認定される。アウガ周辺の歩行者交通量や小売業の商品販売額などの指標について、基本計画の進捗(しんちょく)を国が年度ごとにチェックした。
青森市で経済部門を担当し、副市長も歴任した佐々木淳一氏(69)は「当時から、国が一律の指標を定め、計画を管理するのはおかしいと思っていた」と明かす。だが、「制度に加わった自分たちも毎年、成果をアピールしないと次はない。だから目先の成果が出やすいハコモノにとらわれすぎた」
青森市は07〜17年の10年間、国の支援を受けて中心市街地の整備を進めたが、基本計画で設定した交通量や商品販売額などの目標値を達成できなかった。【宮城裕也】
■ことば
コンパクトシティー
人口減・高齢化に対応するため、都市機能や居住地域を市街地に集めた集約型の都市形態。都市郊外における無秩序な市街化を抑制し、公共施設や病院、宅地などをまとめることで中心街の活性化、行政サービスの効率化、財政支出の縮減などを目指す。
伊豆市の街づくりの基本構想が「コンパシティ」構想です。
伊豆市を修善寺駅前周辺1km、中伊豆地区、天城地区の中心地区に公共施設や住居を集中する構想です。
すでに修善寺駅周辺1kmには、新中学校や広大な防災公園が建設中であり、周辺には修善寺こども園もすでに開設されており、伊豆市役所などの公共施設と一体化した街づくりが進行中です。また伊豆箱根鉄道牧の郷駅前の整備や周辺の宅地開発が行われています。
巨額な公共投資を使って進行中の伊豆市版「コンパクトシティ」構想が伊豆市の将来にとって、衰退を止め、活性化していく切り札になりうるのか。それは今後5年後、10年後の伊豆市を見なければ判断はできません。
30年前から政府の大号令の下に始まったコンパクトシティ構想は成功例がいまだかってないという実例を毎日新聞では報じています。
毎日新聞 2023/9/20
商業施設や住宅を中心部に集約させる「コンパクトシティー」構想は、疲弊する地方都市の「切り札」として、約30年間にわたり期待されてきた。だが、いまだに明確な成功事例を築くことができていない。実際に街を歩き、「失敗の本質」を探った。
色とりどりの洋服やユニークな雑貨が並んでいたテナントスペースは消え、職員が淡々と市民に応対する窓口になっていた――。
私は2011〜17年、初任地の青森支局で勤務した。今年8月10日、JR青森駅の目の前にある地上9階建ての大型ビル「アウガ」を6年ぶりに訪ねると、若者たちでにぎわった商業ビルは、無機質な市役所にリニューアルされていた。
アウガは01年にオープン。市場、商業施設、市立図書館などを入れた官民複合の再開発ビルで「コンパクトシティー」構想の目玉と期待された。だが、慢性的な赤字経営が続き、200億円以上の公金を投じながら16年に経営破綻した。
16年ごろ、青森市が窓口機能移転を提案した際に打ち出したのが「新たなにぎわいの創出」だった。ところが、祝日の8月11日に再びアウガを訪ねると、窓口は網をかけて閉ざされ、灼熱(しゃくねつ)の太陽の下、無人の役所からきびすを返す人の姿が時折見られるばかりだった。周辺を歩くと、テナント募集の紙が張られた「シャッター通り」が広がっていた。
コンパクトシティー構想は1970年代に米国で始まり、日本でもバブル崩壊後の90年代に議論された。98年には「中心市街地活性化法」が制定され、自治体の中心市街地活性化(中活)基本計画が国から認定されれば、中心部の再開発などで補助金が受けられるようになった。
89年から約20年間、青森市長を務めた佐々木誠造氏(90)は99年、商業施設などを中心市街地に集めてその周辺を居住エリアにし、郊外は開発を制限して八甲田山系の自然を保護するという3層に分けた都市計画を策定した。狙いは、郊外開発制限による除排雪の負担軽減だった。
当時、佐々木氏は建設省(現国土交通省)などの官僚に都市計画について説明を求められ、霞が関に何度も足を運んだ。「首相官邸で説明するから教えてほしいと請われたこともあった。それほど国は青森の計画に関心を持っていた」
だが、コンパクトシティーの意味合いは次第に変容する。郊外開発の制限や居住地の集約という概念は薄れ、中心市街地をどうにぎわせるかの議論に偏っていく。佐々木氏は「街の真ん中さえ栄えればよいと誤解する市町村がいっぱい出てきた」と振り返る。
青森市の中活基本計画は07年、富山市と共に全国で初めて国に認定される。アウガ周辺の歩行者交通量や小売業の商品販売額などの指標について、基本計画の進捗(しんちょく)を国が年度ごとにチェックした。
青森市で経済部門を担当し、副市長も歴任した佐々木淳一氏(69)は「当時から、国が一律の指標を定め、計画を管理するのはおかしいと思っていた」と明かす。だが、「制度に加わった自分たちも毎年、成果をアピールしないと次はない。だから目先の成果が出やすいハコモノにとらわれすぎた」
青森市は07〜17年の10年間、国の支援を受けて中心市街地の整備を進めたが、基本計画で設定した交通量や商品販売額などの目標値を達成できなかった。【宮城裕也】
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コンパクトシティー
人口減・高齢化に対応するため、都市機能や居住地域を市街地に集めた集約型の都市形態。都市郊外における無秩序な市街化を抑制し、公共施設や病院、宅地などをまとめることで中心街の活性化、行政サービスの効率化、財政支出の縮減などを目指す。