2023年03月19日

緊急事態条項 国の権限強化は悪い冗談

岸田政権になり急速に動き出した憲法論議。安倍晋三氏が首相の時は、野党の警戒感が強くなかなか進みませんでしたが、岸田首相になってから急速に進み始めているようです。
旧安倍政権の敷いたレールに乗って進んでいるだけなのにどうして?
岸田首相のしゃべり方、クラゲのような柔軟性(いい意味ではない)は安倍さんのように「何をやらかすか分からん」という警戒心を和らげているのでしょうか。
ウクライナ戦争や中国、北朝鮮への脅威を背景にした軍備拡張は進み、世界第3位の軍事大国にまで成ろうとしています。
強大な軍事を背景に第二次世界大戦、太平洋戦争に突入していった反省から平和憲法が生まれました。
その平和憲法を根本から覆していまいかねない憲法改正論議、とりわけ緊急事態条項論議には恐ろしさを感じます。


2023/3/19  

毎日新聞・日曜版連載 松尾貴史のちょっと違和感

緊急事態条項 国の権限強化は悪い冗談

 作家の大江健三郎さんが亡くなった。知の巨人であり、日本文学の最高峰と言うべき作品を執筆されていたが、執筆活動の傍ら、日本国憲法を守る啓蒙(けいもう)活動もしておられた。「憲法9条こそが日本の安全保障である」ということを、分かりやすく伝えていた。社会に閉塞(へいそく)感があると「なんでも変えてしまえ」というムードが湧きがちだが、それに警鐘を鳴らしてくれていたのだ。こういう時だからこそ、あまねく国民一人一人に健康で文化的な生活をする権利があることを権力者に約束させてくれている憲法を、権力者が自分たちに都合良く変えようとすることに、内容も考えずに力を貸すようなことはしてはならない、と教えてくれていたのだ。

 巷間(こうかん)、テレビのニュースやワイドショーでは、ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)で大谷翔平選手を筆頭とした選手たちが活躍している話で持ちきりだ。暗い材料ばかりの日本に、彼らが一筋の光を与えてくれていること自体は素晴らしいが、その陰で、国会では、あのナチスドイツが利用して世界の惨状を招いた悪法「全権委任法」と同質の「緊急事態条項」を憲法に新設する話が進行している。都合のいい時だけ野党のふりをする日本維新の会や国民民主党が、国民を守る憲法を毀損(きそん)したり停止させたりする力までも政権に与えてしまう恐ろしい企てに加担するという展開になっている。

 維新や国民などは条文案をまとめる方針ということだが、そもそも緊急事態条項というのは、国家緊急権に基づいて、戦争、災害、恐慌などに対応するため、国家権力を特別に強化させるという性質のものだ。緊急事態の宣言が発せられた時には、国民それぞれの基本的人権は奪われ、公権力による非人道的なことが日常的に行われる恐れがある。

 「でも緊急事態ならば仕方がないだろう」などと思う人もいるだろうけれども、内閣の都合で何度でも「緊急事態」を延長することも条文に定めれば可能になる。当時、先進的な平和憲法だと言われたワイマール憲法下で、ナチスが強大な力を手に入れたのも同じ図式だ。

 そもそも「戦争が起きやすい方向へ誘導している」としか私には思えない岸田文雄政権が、緊急事態条項を手に入れたら何が起きるだろうか。憲法の重要条項で、永久に戦争を放棄することがうたわれているのに「戦争への対応」で「権力を強化」するという矛盾は何だろうか。恐慌が起きるとすれば、もちろんさまざまな要因があるだろうけれど、その原因の一つは長い間政権の座についている自民党の失政であると感じている私としては、こんなばかげた権限強化は悪い冗談でしかない。

 また、災害時の対応でも、西日本豪雨の深刻な被害が明らかになる前に「赤坂自民亭」などという懇親会で浮かれていた人たちにどんな権限を与えると言うのか。東日本大震災での原発についての教訓をまるでなかったことのようにしようとしている岸田首相に、どんな権限強化を許すのか。

 盗人に追い銭どころの話ではない。何度も言っているが、これは憲法改正ではなく、大きく後退、劣化させる憲法改悪なのである。全ての法律の根本にあるのが憲法であり、それに基づいて今日の社会が成り立っている。大きな犠牲を払った敗戦の反省に立って、私たちは平和を享受することが許されているのだ。

 大江さんは、先日16年の歴史を終えたNHKのFMラジオ番組「トーキング・ウィズ・松尾堂」にも、快く出演してくださった。録音の前日には、私の前芸名「キッチュ」にまつわる伊丹十三監督との思い出をファクシミリにしたためて送ってくださり、感動した思い出もある。

 今一度邂逅(かいこう)を、と切望していたけれども、かなわなかった。

 哀悼。(放送タレント、イラストも)=3月14日執筆
posted by イズノスケ at 10:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本の政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック