2024年03月12日

東日本大震災13年 つながりを保つ復興こそ

東日本大震災から今日で13年になります。
津波で甚大な被害を受けた沿岸部や東電原発事故で避難せざるを得なくなった周辺市町への住民の帰還も困難な状況のままです。
先回の当ブログでも紹介した浪江町、80%を占める山林の除染が手つかずのまま故郷に帰ってこい、と言われてもライフラインが貧しい故郷に帰れない方々が圧倒的に多いのもうなずけられます。原発の立地である双葉町はもっと困難な状況になっています。
今年1月1日に発生した能登半島の地震でも甚大な被害が生じました。
東日本大震災から13年たっても、避難所にパーテーションもないまま、飲食料品も寝具類も少ないまま避難し、雑魚寝せざるを得ない方たちを見聞きするたびに、日本はそして政府は東日本大震災から何を学んだのだろうかと悲しい思いになります。
近い将来大地震が発生するだろうといわれている静岡県に住む私たちにとってもこの現実は決して他人ごとではありません。



毎日新聞
2024/3/11
東日本大震災13年 つながりを保つ復興こそ


災害関連死を含め2万2000人以上が犠牲となった東日本大震災からきょうで13年になる。

 建物や公共インフラなどハード面の整備はほぼ完了した。だが、人々が安心して暮らせる「心の復興」は道半ばだ。

 同じ被災地でも地域によって復興の度合いやスピードは異なる。仙台など都市部がにぎわいを取り戻す一方、甚大な津波被害を受けた沿岸部では、暮らしや産業の再建が思うように進んでいない。


 地域のつながりをどう保ち、コミュニティーを守るかが大きな問題になっている。

 共同体の再生に取り組み始めたばかりの地域がある。東京電力福島第1原発事故の影響で「帰還困難区域」に指定されていた周辺自治体だ。

地域共同体の再生が鍵


 国のまとめでは、故郷を離れて今も避難生活を送る被災者は全体で2万9000人を超える。このうち2万6000人以上が、原発事故に伴う避難者である。

 福島県は、帰還が遅れていた原発周辺12市町村について、2021年度から、移住者に支援金を交付する事業に取り組む。

 除染作業が優先的に進められた帰還困難区域の一部は22年6月以降、避難指示が順次解除され、居住可能になった。

福島県双葉町。手前中央はJR双葉駅。奥に東京電力福島第1原発が見える=2024年2月11日午後1時5分、本社ヘリから
 原発が立地する同県双葉町では同年10月から、災害公営住宅の入居が始まった。

 震災時の人口は7140人だったが、今年3月1日現在、102人にとどまる。他の地域から移り住んだ人が6割を占める。

 JR双葉駅前の災害公営住宅に住む浜田昌良さん(67)もその一人だ。公明党の元参院議員で、通算5年間にわたり副復興相を務めた。引退後、福島の復興の歩みを自らの目で確かめようと横浜市から移り住んだ。

 1年半暮らす中で、地元が抱える課題も見えてきた。

 住民は男性の単身者が多く、20〜50代の子育て世代は少ない。町内の学校は再開されておらず、別の町に通学しなければならない。

 女性の居住者が増えにくい現状について、「ドラッグストアや美容院などの施設が少ない」との悩みも聞くという。

 浜田さんは「移住者向けの住宅が足りない。若い世代を増やすには起業と創業の支援も必要だ」と指摘する。

 帰還者と移住者のつながりをいかに作り出すか、腐心している。交流の場「まちカフェ」の開催や地域の絆を強める神事の再興などの試みが続けられている。

 除染廃棄物を保管する中間貯蔵施設を抱え、県外の搬出先も決まっていない。厳しい状況は変わっていないが、他の地域で暮らす住民の意識に変化の兆しも見え始めている。

 復興庁が2月末に公表した意向調査では、「戻りたい」人の割合は10年前の10%から15%に増えた。「戻らない」は65%から55%に減少した。

 住民の中には、避難先に生活基盤ができて戻れない人もいる。コミュニティーの一体性を維持するためには、そうした人たちとのつながりを保つことも大切だ。

高齢・過疎地どう守る


移転先のまちづくりについて意見を出し合う住民ら=宮城県東松島市で2014年8月31日、佐々木順一撮影
 双葉町に先んじて一部地区で避難指示が解除された同県葛尾(かつらお)村では、稲作イベントに村外避難中の住民も招くなどして、つながりを断たないようにしている。伝統舞踊も復活させた。

 住民が主体となって、震災後の共同体の再建に取り組んできた自治体もある。

 宮城県東松島市は復興を進める際に地区ごとに住民組織が加わる「まちづくり協議会」を設けた。

 同県岩沼市は、仮設住宅の入居や造成された宅地への移転を同じ集落の住民がまとまってできるようにした。

 今年の元日に起きた能登半島地震の被災地でも今後、共同体の再建が課題となる。

 大震災で国の復興構想会議の議長を務めた五百旗頭(いおきべ)真(まこと)さん(6日死去)は、2月の毎日新聞の取材で、首長や行政によるトップダウンではなく、「住民の合意が得られるよう、話し合いは早く始めた方がいい」と提言していた。

 近い将来、南海トラフ地震の発生が予想され、高齢化と人口減少が進む過疎地が大地震に襲われるリスクは小さくない。地域のつながりをどう守っていくのか。行政と市民が共に考える枠組みを整えておくことが求められる。
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2024年03月05日

福島原発事故から13年。浪江町から富士市に避難した堀川夫妻のお話会

img20240305_06252605.pdf福島原発事故から13年、浪江町から富士市に避難してきた堀川文夫さん、貴子さんが3月2日伊豆の国市の韮山文化センター映像ホールでで講演し被災体験と故郷への思いを語りました。
映像ホールはほぼ120人ほどの参加者でほぼ満席でした。

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2011年3月11日、東北地方を襲った大地震の激しい揺れ愛犬をかばった貴子さんは腰を痛めました。自宅は無事でしたが、文夫さんは「これだけの大地震なら福島原発も危ないのではないか」と直感し直ちにご夫婦と愛犬、猫とともに避難を開始しました。貴子さんの腰の痛みはひどくなり現地では治療もままならなかったために、貴子さんの実家に避難しました。その後、インターネットで見つけた富士市へ移住して塾を経営しながら震災体験を語る活動を行っています。

この講演会でご夫婦は原発事故被害の現実とを語りました。

放射能汚染で全町避難をせざるえなくなった浪江町。放射能で汚染された自宅を取り壊すためには期限内で申し込みをしなければなりません。その時期を過ぎたら全額自己負担になってしまいます。 文夫さんのお父さんが建築した自宅を取り壊すにはとてもつらかったのですが、やむをえないので取り壊すことにしました。自宅が解体される様子を撮影した作品も上映されました。涙を流して呆然と解体作業を眺めることしかできないご夫婦。自分たちは何も悪いことをしていないのにこの理不尽。
家がなくなった土地は固定資産税がアップしました。「帰宅困難区域が解除されたのだから帰ってこないのが悪い」とでもいわんばかりです。
浪江町の80%を占める山林は除染されず汚染されたままです。雨が降れば放射能は流れてくるし、風で舞い降りてきます。そこに住めと言われても躊躇するのは当然だと思います。

浪江町にも最近新たな施設、住宅が次々に建設されています。しかしそこに住み、就職している大多数は浪江町住民ではありません。移住者がほとんどです。県内外からの移住者には補助金100万円が出ます。しかし、元の住民には出ないそうです。これも理不尽。
「浪江町は別の浪江町になってしまった」文夫さんの悲痛な叫びが心に迫りました。
それでも文夫さんは浪江町に帰って「故郷で震災の経験を伝える活動をしたい」と話しました。

東日本大震災から13年たって私は当時の衝撃を忘れ去り、何事もなかったように無関心の生活しています。しかし、今回ご夫婦の話をお聞きし私は恥ずかしくなりました。東日本大震災の最近の情報がほとんど流されなくなり、真実を知ることができなくなった今、こうした講演会などを通して真実を伝えていく、知っていく大切さを痛感しました。
講演会を企画してくださった「起き上がりこぼしの会」の皆様、ありがとうございました。

3月3日 静岡新聞

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3月5日 伊豆日日新聞

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2024年02月23日

天城山系守る講演会 シカ捕獲 、植生保護

伊豆地区の16クラブが所属するライオンズクラブは21日、天城山系の環境を守ることを目的とした講演会を伊豆市民ホールで開催しました。
県自然保護課の渡辺さんは「伊豆地域におけるニホンジカの捕獲の取り組みで生息数がピーク時の6割ほどに減少している」と語りました。
天城ブナを語る会代表の山口さんは「天城山の森林生態系の将来像を展望する」をテーマに講演しました」
天城山には天城シャクナゲなどの希少な固有種がみられる一方、シカの食害や、登山客の増加などによる影響で天城山系は荒れ果てていることを過去の写真と現在の写真を見比べて説明しました。天城山系の荒廃は伊豆半島の自然災害の危険性を増大するとともに、天城山系からの栄養豊富な水により豊かな漁場を培っている伊豆半島の漁業にも大きな影響を及ぼしてきている」と危機感を語りました。

登山を趣味としてきた私は、天城山系も数えきれないほど登りましたから山口さんの言われていたことはよく理解できました。
日本百名山として有名な天城山には全国からたくさんの登山者が訪れているのに、どうして登山道が荒れるに任せているのだろうと疑問に思っていたことが今回の講演会で解けました。
天城山を所管する環境省は荒れ果てた山系を修復する予算がないために、自然保護団体が危険な個所を指摘してもほとんど修理してもらえない。してもらえることは危険個所にロープを張って入らないようにするだけだ。また、現在、は山口さんたちのように自然を守ろうと活動している団体が天城山系を守る活動を禁止しているため、手も足も出ない状況に陥っている、とのことです。

伊豆半島の80%ほどを占める山林が荒廃しきっている状況では、2035年までには確実に発生するという南海トラフ巨大地震において甚大な被害が発生するだろうことは、能登半島の地震を見ても容易に想像できます。
軍事費を今後5年間で40兆円も使う事よりも、私たちの生活する基盤整備や山林保護に使うお金を増やすことで大地震発生における被害を減らし、結果として復興費を減少できるのではないかと思います。
大自然に囲まれている生活している私たちこそがこうした状況に危機感をもち、政府や自治体に自然保護を守るための政策の策定を訴えていくことが大切ではないでしょうか。

2月22日 伊豆日日新聞

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2024年01月26日

有事でもマイナンバーカードは安心につながる 河野太郎デジタル大臣

河野太郎大臣は災害時でもマイナンバーカードは持って避難してくださいと述べたようです。
「マイナンバーカードは有事でも安心につながる」とは?。
今回の能登半島地震の災害状況を見て、マイナンバーカードをどのように使うのかまったく想像もできません。
昨年10月におけるマイナ保険証の使用率は4.49%だったと厚労省は発表しています。それほど国民はマイナ保険証を必要としていないし、信用していないのでしょう。
河野大臣は、この災害時にどのようにマイナンバーカードが使われたのかを具体的に国民に説明をしていただきたい。
「マイナ保険証」に一本化後、大災害に「デジタル」で対応できるのか。河野大臣が言うように、マイナカードが「有事の安心につながる」とはとても思えません


河野大臣
 マイナンバーカードはデジタル社会のパスポートとして、平時の便利だけでなく有事の安心にもつながるもの。
マイナンバーカードをお持ちのかたは、タンスに入れておくのではなく、現時点ではぜひ財布に入れて、避難する際などに一緒に避難していただければと思っている」

能登半島地震発生後、全国保険医団体連合会(保団連)はHPでこう訴えている。

《いつ停電が解除され、通信インフラが回復するか見通しが立たない中で災害時・システム障害時、停電等の場合は明らかに保険証・お薬手帳による対応(アナログ対応)が優位です。》



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2024年01月08日

恐ろしい24年の幕開け 

2024年は1月1日の能登半島の大地震、2日の日航機の衝突炎上というショッキングな出来事で始まりました。

能登半島では余震がいまだ続き、8日現在死者数128人、、安否不明者は195人となっています。
能登半島をめぐる数少ない道路の崩壊などで救助活動がなかなか進まない中、被災されたか方々の状況は悪化をたどっています。
大地震とともに発生した津波、そして大火災。
2011年に発生した東日本大震災を思い出しました。発生から数か月後に訪れた被災地では崩れ落ちた住宅、そして住宅の屋根に打ち上げられた大きな船がそのまま残っていました。
次に災害ボランティアで訪れた遠野市に避難された被災された方から聞いた生々しい話は涙なくして聞くことができませんでした。
東日本大震災は真冬の震災、そして今回も真冬の出来事。がれきに埋もれた街、街。同じようなことがまた起こってしまいました。

新聞やテレビでニュースを見ていると、政府や石川県の震災対応が大変遅いように思います。
不思議でしょうがないのは、陸路や海路での救援物資の配送が困難ならなぜ空路を使わないのかということです。
孤立した被災地に自衛隊のヘリコプターで支援物資の投下は道路が崩壊していて可能ではないでしょうか。
さらに、ドローンを使って情報や支援物資を被災地に届けることが可能だと思うのに何故しないのでしょうか。
テレビや新聞では空路での輸送をやるべきであるとの議論がほとんどされないわけはなぜでしょうか。

降雪や降雨で被災された方々はさらに厳しい状況となってきました。政府や県、自治体による一刻も早い支援の手が届くことを願うとともに、私たちでもできる支援の輪を広げていきましょう。









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2023年12月25日

2050年県内人口80万人減 伊豆、中山間地域半減も

厚生労働省の国立社会保障・人口問題研究所がまとめた2050年までの全国の自治体の将来人口によると静岡県人口は20年の363万人から50年には282万人と約80万人(22.1%)減少する見通しになりました。自治体別では特に伊豆地区や中山間地の一部地域は20年から30年間で5割以上減少すると試算されました。

20年の人口を100とした場合の50年で最も低かったのは川根本町の35.8%、西伊豆町40.5%、東伊豆町48.5%、伊豆市49.7%と続き伊豆地区の複数の市町で50を割りました。

65歳以上の高齢化率が40%を超える市町は50年で23市町が越える見通しです。最高は東伊豆町の60.8%で、熱海市60.2%、伊東市57.1%。伊豆市55.3%です

0~14歳の人口の割合が10%を超えた市町は10市町です。最低は西伊豆町3.7%、東伊豆町4.2%、伊豆市6.0%です。

以上静岡新聞の報道をもとにしましたが、65歳以上の東伊豆町以外の高齢化率と伊豆市の0~14歳の人口の割合は国立社会保障・人口問題研究所の発表をもとに私が計算したものです。

伊豆市の詳細分析は次回に紹介します。

12月23日静岡新聞報道

2050年県内人口80万人減 伊豆、中山間地域半減も


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2023年12月10日

千葉県いすみ市、有機米を学校給食に完全導入 その成果を聞く講演会

12月9日、伊豆市は、農薬や化学肥料を使用していない有機食材(米や野菜)を全市の学校給食に取り入れている千葉県いすみ市の農林課主査の鮫田を招き、「オーガニック給食」をテーマにした講演会を開きました。
私も有機家庭菜園を実践していますので大変興味を持ちました。
有機農業は欧米や韓国では普及していても、日本ではまだ1%以下と普及が遅れています。
どれだけの参加者があるのだろうかと思って参加しました。伊豆日日新聞では参加者は150人と書かれていますが、主催者の方は200名もの参加があったとしています。
最後に行われた質疑では伊豆市以外からの参加者の質問が多かったので、他自治体からの参加者も多かったのではないかと思います。

化学肥料や農薬を使った農業は自然環境の悪化につながっています。
有機農業とは化学肥料や農薬を使わない農業のことであり、有機農業は「食の安全」ということが中心に語られています。しかしそれは一面であり、最も大きなものは「優しい地球環境」への寄与であると鮫田さんは言います。

日本でこれだけ普及が遅れているのに何故いずみ市では、全学校で有機米や有機野菜(まだ種類は少ない)の完全給食が実現できたのか、という問いに対し、市長が提唱し「市長の熱意」があったからこそであると鮫田さんは答えました。
いすみ市は子育て支援の充実などで移住希望者が日本でトップであり、全国から注目されています。
環境にやさしい農業を推し進め、充実した子育て支援に積極的に取り組むいすみ市の市長は素晴らしいと思います、莫大な公共投資で箱モノを次々と作っている伊豆市の菊地市長との政策の違いを比べて、どちらが住民にとって幸せな政治だろうか。
改めて考えさせられた講演会でもありました。


12月10日 伊豆日日新聞

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2023年11月09日

負の歴史、目を背けぬ 映画「福田村事件」の監督・森達也さん(その2止)

昨日に引き続き、映画「福田村事件」の監督・森達也さんと池上さんの対談 その2です。
福田村事件とは、関東大震災の時朝鮮人がたくさん虐殺されました。ほとんど知られていないですが、朝鮮人に間違えられた日本人も虐殺された事件がありました。
なぜそのような事件が起こったのか、そしてなぜこんな大事件が知らされてこなかったのか。
お二人の対談から読み取っていきましょう。



毎日新聞 2023/11/5 

負の歴史、目を背けぬ 映画「福田村事件」の監督・森達也さん(その2止)

 ◆今回のゲスト 映画「福田村事件」の監督・森達也さん

森さん 異質なものを排除する未熟さ

池上さん 平凡な人が殺人者になる恐怖

 池上 映画製作に当たって資金繰りや出演交渉は大変だったのではないでしょうか。

 森 最初のスタッフミーティングで「誰が出演してくれるのか」という話になりました。この映画は反日映画、反日俳優と右派から言われるリスクが高いと思っていましたから。俳優が出たくても所属事務所は嫌がるだろうとも思っていたので俳優探しは苦労するだろうな、と。でも蓋(ふた)を開けたらみなさん、二つ返事で引き受けてくれました。

 池上 どうしてでしょう?

 森 オーディションの書類には「こういう映画を待っていた」といった内容の書き込みが多数ありました。うれしい誤算でした。同時に何で日本の映画界は負の歴史に向き合うことをテーマにしてこなかったのだろうと改めて考えました。一方、資金的には正直きつかった。大手はどこも出資してくれなかったので(不特定多数の個人から資金を募る)クラウドファンディングで3000万円ぐらい集めて製作をスタートさせました。時代劇、群衆劇はとりわけ費用が必要なので資金的にはギリギリ。でも、予想外だったのですが、思ったよりヒットしています。


 池上 地元や右翼から反発されるといった心配があったのではないでしょうか。

 森 実は上映中止運動などが起きるのではないかと身構えていましたが、これまでそうした抗議を受けたことはありません。不思議です。もしかしたら「朝鮮人虐殺はなかった」ことにするのはさすがにできない、と多くの人が思っているからかもしれません。

 池上 過去に正面から向き合わないと悲劇が繰り返される恐れがあります。東日本大震災の直後は「外国人の窃盗団が被災地で家財などを盗んでいる」といったデマが流れました。

 森 起きてしまう恐れがありますね。それには、排他性が強いという日本人の特性も影響しているのかもしれません。例えば、ハンセン病ですが、特効薬が開発されて欧米では患者を隔離する必要はなくなっても、日本は患者を隔離し続けました。入管法やジェンダーの問題も同じ。自分たちと違うものは隔離したい、異質なものは入れたくないという意識が強い。ホームレスや不審者排除を本音とした仕切り入りベンチも同様です。それは人間の本能かもしれない。でも人は理性によって他者を知ることも共存することもできるはず。その意味で日本はとても未成熟と感じます。

 池上 朝鮮人の虐殺や福田村事件に話を戻しますが、平凡に暮らしていた人が殺人者になるという恐ろしさがあります。

 森 最近では、ロシア軍によるウクライナ・ブチャの虐殺がありました。ただ、残虐な行為に手を染めたロシア兵は、国に帰れば母親に甘える息子や、子どもを抱きかかえる父親だったかもしれない。そういった人々が軍隊という組織の中でありえないほどに残虐な過ちを犯してしまう。つまり(ユダヤ人の政治哲学者の)ハンナ・アーレントが言うところの「凡庸な悪」。人間はそういう生き物で、そのことをしっかり学ぶことで悲劇を防げるかもしれませんが、そもそも負の歴史から目を背けたら学ぶことさえできません。

 池上 福田村事件には日本が朝鮮半島を併合していたという歴史が背景にあるのでしょう。日本人は朝鮮人を差別、迫害してきました。差別しているからこそ、いつか報復されるのではないかという恐れがあった。それが映画では伝わってきます。

 森 まさにこの時期の日本人は、植民地統治しているからこそ、朝鮮人に対する不安と恐怖がありました。それが流言飛語によって過剰反応して、虐殺につながった。多くの戦争も同じように、不安と恐怖によって始まってしまうと思います。守らねばという意識です。これは日本に限ったことではなく、世界も同じです。

 実は、映画のタイトルを福田村事件とするのを、ずっとためらっていました。その理由はたまたま福田村で起きたけれども、どこでも起きかねない事件でした。それに虐殺は世界で起きている。普遍的な事件ですから地名をタイトルにすることをためらったのですが、アイデアが浮かびませんでした。

 池上 行商人の男性が「朝鮮人なら殺してええんか」と言うシーンが印象的です。

 森 あのせりふは劇場の観客に向けた叫びでもあります。そのシーンで、多くの観客は「日本人だから殺してはいけない」といつの間にか思っていたはずですから。

 池上 行商人が暮らしていた土地は被差別部落だったという事実も描いています。実際の事件と差別問題は結び付いたのでしょうか。

 森 福田村の人たちは、彼らが差別されていたことを知らなかったと思います。ただ、この事件の特異性は加害者側だけではなく、被害者側も沈黙してしまったこと。だから誰も知らない事件になってしまった。被害者側は、差別される存在ということで声を上げることができなかったのではないでしょうか。つまりこの国の近代のゆがみが二つ重なっています。

 池上 殺人を犯した加害者の刑が軽かったという問題もあります。実刑になった人は大正天皇の死去に関連する恩赦で釈放されました。

 森 被害者が朝鮮人の場合は、加害者の刑はもっと軽かったようです。この事件の裁判で、検察側が「彼ら(村人)に悪意はなかった。村を守るためにやった」と発言したとの記録もあります。弁護側ではありません。国中がそういう雰囲気だった。日本人は一色に染まりやすいという怖さを実感しました。東アジア全般にこの傾向はあるけれど特に日本人は韓国人や中国人と比べれば我が強くないし、染まりやすいからより危険だと思います。だからこそ自分たちの過ちの歴史をかみ締めないと。

 池上 大学で教えていますが若い人は本当に日本の負の歴史を知りません。ですから日本の若者が海外に留学すると、戦争責任の話題でアジアの若者らから追及されても歴史を知らないから何も意見を言えません。

 森 安倍晋三首相が戦後70年の談話で「私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を負わせてはなりません」と述べました。この一節を聞いた時、僕は次のように考えました。韓国や中国の人々は、日本人に対して「戦争のことをいつまでも謝れ」と求めているのではなくて「きちんと記憶してくれ。覚えておいてくれ」と言っていると。足を踏んだ時は謝ったけれども、時間がたつと「忘れた」「踏んでいない」などと主張する。そのような態度を取れば、足を踏まれた人は「ちょっと待ってくれ」と怒って当たり前。それは国対国でも同じです。

 池上 かつて、日本語を学ぶ若者を各国から招いて討論したことがあります。その時にポーランド人の女性が、ドイツ人の若者に向かって「ドイツ人が私たちにしてきたことは許します。だけど忘れない」と発言したことを思い出しました。

 森 負の歴史を記憶する。誰のためでもなく自分のために。そう思います。

 池上 今を生きる若者たちには戦争の責任はありませんが、知る責任はあります。

 森 全く同感です。

 池上 この映画を見て歴史を知った人も多いと思いますが、映画の持つ力はどのように考えていますか。

 森 僕は啓蒙(けいもう)家でもないし、ジャーナリストでもありません。この国を変えようと思って映画をつくっているわけでもありません。たかが映画です。でも、この映画を見てくれた人が「この国はちょっとおかしいぞ」と思ってくれたら。そう考える人が増えていけば、もしかしたらこの国は変わるかもしれません。【構成・瀬尾忠義】

お礼申し上げます 池上彰
 恥ずかしながら、この事件の存在を知りませんでした。差別する側も、どこかにためらいがあるため「相手が報復するのではないか」と恐れている。それが悲劇を生む。欧州で度々起きたユダヤ人虐殺も、その構造でした。普段、差別されている人たちが、何かあると一段とひどい目に遭う。平和に暮らしている人たちが、突然殺人者に転じてしまう。その恐ろしさを、私たちは平時から知っておかなければならないと痛感しました。政治家こそ見るべき映画です。
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2023年11月08日

負の歴史、目を背けぬ 映画「福田村事件」の監督・森達也さん(その1)

10月2日の当ブログでは映画「福田村事件」を鑑賞したことを記しました。
11月5日の毎日新聞連載・「池上彰のこれ聞いていいですか?「」はこの映画の監督森達也さんと池上さんの対談です。
関東大震災の時、たくさんの朝鮮人が虐殺されたことは知られていても、朝鮮人に間違えられた日本人も虐殺されていた事件はほとんど知られていません。
その背景と、私たちがこの事件からくみ取るべき教訓などの対談です。長文ですが是非ともお読みください。


毎日新聞 2023/11/5


池上彰のこれ聞いていいですか?

負の歴史、目を背けぬ 映画「福田村事件」の監督・森達也さん(その1)

<迫る>

 歴史に埋もれた事件が、映画によって注目されている。100年前に起きた関東大震災の5日後、千葉県福田村(現野田市)で、行商人15人が朝鮮人だと疑われ、幼児や妊婦を含む9人が殺された「福田村事件」。命を奪ったのは自警団員といった普通の人々だった。この事件をテーマに映画を撮った森達也さん(67)は、ジャーナリストの池上彰さんとの対談で「負の歴史」から目を背けない大切さなどについて語った。

   *

 池上 関東大震災の発生後、東京やその周辺で朝鮮人の虐殺があったことは知っていましたが、朝鮮人に間違えられて日本人が殺された事件があったことは知りませんでした。どのように「福田村事件」を調べたのですか。


 森 「A2」という映画を公開した2001年前後でした。当時、テレビの仕事もしていて、局のスタッフルームで小さな囲み記事が目に入りました。野田市で慰霊碑を建立するという記事でしたが、何のための慰霊なのかといったことがよく分からない中途半端な内容で、逆に興味を持って慰霊碑を建立する寺に行ったり、郷土資料館や図書館で調べたりしましたが、やっぱりよく分からない。地元の人たちも、なかなか話してくれませんでしたから。

 池上 確かに地元では話したがらないでしょうね。

 森 でも何回か野田に通っているうちに事件の概要が分かってきました。それを基に報道番組にしようと企画書を書いてテレビ局のプロデューサーらに持ち掛けましたが全部、駄目でした。でも諦めきれずに自著に福田村事件のことを書きました。

 それでピリオドをつけたつもりでしたが、ドラマを撮りたくなった時、福田村事件をテーマにしようと思い立って。資料がなさ過ぎる事件なので劇映画ならば成り立つという考えに至りました。企画書を作成して映画会社を回ったけれど、やはりどこも駄目。諦めかけた19年に、自作の映画「i―新聞記者ドキュメント―」がキネマ旬報ベスト・テンで文化映画1位に選ばれて、その授賞式の控室で、日本映画1位を受賞した映画監督で脚本家の荒井晴彦さんから「福田村事件を映画にしたいのか」と言われました。さらに「俺たちも準備している。一緒にやらないか」と誘われて、映画化に向けて動き出しました。

 池上 ドキュメンタリー映画の監督がなぜ劇映画を撮るのかとの疑問がありました。実際に起きた事件をどこまで再現するのか、という葛藤もあったのではないでしょうか。創作する部分もあるわけでしょう。

 森 よく聞かれる質問だけど映画は再現ビデオとは違います。僕は「100%フィクションと思ってくれていい」と答えています。行商人は何人いたのか、その男女比はといったことは史実にのっとっていますが、彼らがどんな話をしたのかというのは分かるはずがありません。よく「映画の何%が事実ですか?」とも質問されますが「100%フィクションですが、ある事実にインスパイアされた(ひらめきや着想を得た)映画」とも答えています。

虐殺、わずか100年前
 池上 それにしても政治家たちは朝鮮人の虐殺事件について積極的に語ろうとしません。例えば、小池百合子東京都知事は、虐殺犠牲者らを慰霊する民間団体主催の式典に今年も追悼文を送りませんでした。政府も松野博一官房長官が記者会見で「政府内に事実関係を把握することのできる記録が見当たらない」と述べているように、改めて調査することはしないという姿勢です。さすがに「虐殺はなかった」とは言えないから「資料はない」という言い方で事実から逃げています。

 森 資料はいくらでもありますよ。政府の中央防災会議の専門調査会が公表した報告書は流言をきっかけに、虐殺が起きたと認めていますし、当時の新聞を見れば裁判関連の記事をいくらでも見つけることはできます。政治家は「歴史家に委ねる」などと発言しますが、安土桃山時代に起きた事件ではありません。100年前に起きたことですから僕らにとっては、まさしく現在進行形といっていいほどの時制なのです。

 池上 なぜ政府は虐殺を認めないのでしょうか。

 森 人間に例えれば分かりやすいのでは。人は失敗や挫折、絶望などを経験して、それらを乗り越えることによって成長するわけです。僕は、国も同じだと思います。失敗などの記憶を振り返るのはつらいし、嫌な気持ちになりますから、目を背けるほうが楽。でも、誰かを傷付けたり、失敗したりしたことに向き合わず、成功体験ばかりを記憶している人とは、誰も口を利きたくはありません。それなのに、この国は安倍晋三政権以降、マイナスの記憶から目を背けています。幼稚なレベルでとどまっているということです。

 池上 ドイツのワイツゼッカー元大統領は、ナチス・ドイツの過去と向き合い「過去に目を閉ざす者は現在にも盲目」と演説しました。やはり事実と向き合うことが大事です。

 森 ナチスやホロコーストをテーマにした映画は年間何十本もつくられています。米国では黒人差別や先住民虐殺、韓国では「タクシー運転手 約束は海を越えて」といった軍隊が住民を殺害した光州事件を描いた映画が公開されています。それに対して日本は負の歴史に向き合う映画が、ほとんどつくられていません。【構成・瀬尾忠義】

 ■人物略歴

森達也(もり・たつや)さん
 1956年、広島県生まれ。テレビ制作会社から独立後、98年にオウム真理教の信者たちを題材とするドキュメンタリー作品「A」を発表。ベルリン国際映画祭など海外の映画祭に招待されて、話題となった。「福田村事件」は今年10月の第28回釜山国際映画祭で、ニューカレンツ最優秀作品賞を受賞した。
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2023年10月12日

不気味な日本  どうしてこんな発想が出てくるのか 埼玉県議会「虐待禁止条例案」

・小学生だけで公園に遊びに行く
・児童が一人でお使いに行く
・不登校の子供が家にいる状態で、親が買い出しや」仕事に行く
・兄の習い事の送迎時に、弟が昼寝をしていたので起こさずに外出する
・ごみ捨てに行くために留守番させる
・小学校1年生から3年生だけで登下校する
・18歳未満の子と小学校3年生以下の子が一緒に留守番をする
・車などにどんな短時間であっても残していく

こんなことは現在日本では当たり前のことであり、何ら不思議ではありません。
しかし埼玉県議会自民党会派が提出した「放置禁止を盛り込んだ虐待禁止条例改正案」では、上記なような行為も「児童虐待」にあたるとされていました。
どこかのカルト集団が言っていることと似通っています。
日本もここまでいきついてしまったのか。これを知ったとき、正直言って背筋が寒くなる感じがしました。

埼玉県自民党会派の出した条例案にはこども担当相や官房長官が「コメントを差し控える」と批判さえしなかったことは、現在の自民党の本当の姿がここに隠されていることをあぶりだしました。
この条例は取り消しになりそうだが埼玉県県民だけでなく、全国に波及を恐れる多くの国民の反対の声が廃案に追い込んだとと思います。当然のことですす。
今回は取り消しになりましたが、自民党政権がこのまま続いていけば、いつも間にか国民が知らないままにこんな恐ろしい日本になってしまうのではないか、そんな危惧がわいてきました。
なぜこんな恐ろしい日本になってしまったのでしょうか。
国民の半分近くが選挙に行かないから自民党のこうした横暴を許してしまうのです。
選挙に行かないということは「自民党に白紙委任」を与えると同じことです。
次の国政選挙では「選挙に行っても何も変わらない」のではなく選挙に行って国政を変ましょう。

毎日新聞 2023/10/8

“子供留守番禁止”条例案は「不安あおり、無意味」 専門家が批判


埼玉県議会が、小学校3年生(9歳)以下の子どもの「放置禁止」を盛り込んだ虐待禁止条例改正案を審議している問題。児童福祉を研究する独協大の和田一郎教授(こども論)は「子育て世代の不安をあおるだけの無意味な条例案だ」と厳しく批判する。問題点を聞いた。【聞き手・宮城裕也】

「支援体制の整備が先」
埼玉県議会で、9歳以下の子どもの放置を禁じる県虐待禁止条例改正案について説明する自民党県議団の小久保憲一議員(中央)=2023年10月4日、埼玉県議会ホームページの動画より
 ――改正条例案の受け止めは?

 ◆正直、あまり意味がないと思います。確かに、車内や自宅に残された子どもが亡くなる事件・事故が相次いでいますし、子どもを守るという理念は大事だし、理解しています。ですが、子どもに対するリソース(支援体制)が全国でも最低水準の埼玉県は、そうした支援をきちんと整備するのが先です。

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 (子育て環境や支援体制を)整備するからこの条例が必要だといえば理解はしてもらえると思うが、整備なしにアナウンスだけの条例をつくることはただ住民を怖がらせるだけ。順番が逆だと思います。

 ――子どもへのリソースが最低とは?

 ◆埼玉県は学童保育の待機児童が全国ワースト2位などの指標がたくさんある。改正条例案の成立後に、議会から「来年度から支援拡充する予算を確保する」「行政が支援拡充できるように議会も応援する」という起死回生的に素晴らしい話が実現する可能性も期待したいところではあります。

 実際にそうなるのかは大いに疑問です。

 ――実際そうはならない?

 ◆前歴がありますから。2020年に制定したヤングケアラー支援条例がそれです。全国で初めて実態調査をしましたが、ケアの根本的な対策はまだない。今回の改正条例案もまさにこの二の舞いになるのではと危惧しています。

 罰則のない「理念条例」であるのはヤングケアラー支援条例と同じ。こうなると埼玉県の「伝統芸能」みたいなものです。かけ声だけ大きく、非常勤職員を数人雇って相談窓口を作るだけ。根本的な対策を示さず、「やったふり」だけに終わる可能性があります。

 ――改正条例案では小学3年生(9歳)以下の留守番や登下校などを禁止すると、提案した自民党の県議が答弁しているが、子育ての現実と合っていると思うか?

 ◆全然現実とマッチしていないですよね。改正条例案では未成年のきょうだいが面倒を見ることも禁止している。海外の例でも年齢制限はあるが、外を歩くのが危険な米国でも、高校生がベビーシッターのバイトをしている。そうした諸外国の現状や法制度も調べずに提案されているのではないのでしょうか。

 米国でも「1人にしてはいけない」と定めた年齢は州や都市によっても違うが、それでも高校生のシッターは大人とみなすところは多い。それに比べると埼玉県の条例改正案は米国以上に重い。

 ――同様に年齢制限を設けている海外との違いは?

 ◆埼玉県は、小学3年生以下の児童のみの通学を禁止しようとしている。米国みたいに通学は全てスクールバスにできるのか。スクールバスの整備を埼玉県は今現在準備しているのでしょうか。1〜3年生全員に実施すると50億円ほど必要です。それを埼玉県が既に確保しているなら大したものだと思います。

 それに、さいたま市近辺だと東京の私立学校に通う児童は何人もいて、1年生でも1人で電車に乗って通っています。それが虐待になってしまう。そうなると親が子どもの通学に付きっきりになることになる。

 「女性活躍」と言っている割に、女性を家庭に縛り付ける政策になりはしないでしょうか。

 ――法的に行動を縛ることになる?

 ◆行動を縛るのなら、きちんと活動できる根拠が必要だと思います。スクールバスや、仕事が早かったり遅かったりする保護者がいる児童のデイケア(学童保育など)をする制度もあってのことなら分かる。誘拐など日本よりも治安が悪い欧米は、実際に子どもだけで遊んでいたら虐待を疑われて警察に通報され、親が逮捕される場合もある。でもそれは支援がそろっているからだ。

 日本では高齢者が介護施設に行くためにバスでの送迎があるが、海外の研究者からは「なぜ子どもにもそうしないのか」と言われます。それくらい日本の子育て状況は遅れています。

 システムをそろえるのが先ではないでしょうか。

 ――改正条例が制定・施行されることの影響は?

 ◆皮肉ですが、親が子どもを持つことに不安になったり、虐待の可能性を高めたりするのではと思います。

 英国などの欧米諸国では、子育て政策に少しでも目を向けないと(その自治体から)住民は出て行く。住む自治体が選別される時代になれば、埼玉に住むという選択肢は厳しくなる。理念条例といっても、子育て世代を不安にして見せしめのようにやっているように見える。良くない事例だと思います。

 政治家は理念条例をつくった後の社会変革まで考えるのが重要で、議員はそのために政務調査費がある。条例をつくるとどういうシステムが必要で、費用はどれくらいかかるのかを議会で審議し承認するはず。そうした制度設計までできるのでしょうか。県議会は、提案したからには結果責任が問われると思います。


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