2012年06月02日

「私の責任」という無責任 再稼働と原発の安全・・・ 毎日新聞「社説」

野田首相の大飯原発再稼働容認について6月1日の毎日新聞・社説を紹介いたします。

関西電力大飯原発の再稼働を関西広域連合が事実上容認した。
政府の安全基準や、それに基づく判断を「暫定的」と位置づけた上で「限定的」な再稼働に理解を示した。これを受け、政府が近く最終判断をするとみられる。
客観的状況が変わらない中の同連合の再稼働容認は釈然としない。しかしそれ以上に納得できないのが野田佳彦首相の言動だ・

東京電力第1原発の過酷事故から1年2ヶ月。これほどの事故を経験しながら、国の原子力政策についても、原発のリスクについても、国民の心に響くメッセージを発していない。にもかかわらず「私の責任で判断する」といった具体性に欠ける言葉で再稼働を推し進めようとしている。

私たちは再稼働のためにはいくつかの条件を満たす必要があると考えている。事故の検証を踏まえ、新しい組織が再稼働の判断機基準を示すこと。その基準は各原発の弱点を比較できるようなものであること。免震棟のように時間のかかる対策が未整備であることのリスクも評価すること。 原発を動かさないリスクが動かすリスクを上回ることをきちんと示す、ということだ。

しかし、いずれも納得のいく状況ではない。

第1に事故の検証は終わっていない。国会事故調査委員会による真相解明は遠く、政府の自己の最終報告は7月だ。大飯原発再稼働の根拠とする安全基準は経済産業省の原子力・保安院が作成した「ストレステスト」が基になっている。保安院は原発の「安全神話」を醸成してきた組織だ。事故時に管理能力がなかったことも明らかになっている。
4月に新組織に移行する予定だったため、現時点での当事者能力にも疑問がある。保安院が「妥当」としたストレステスト結果を追認した内閣府の原子力安全委員会も同様だ。
各原発のリスクを横並びに比較していないため大飯原発の総体的リスクもわからない。このまま大飯原発を再稼働すれば、他の原発もなし崩しに再稼働することになるのではないかとの国民の不信は当然だ。

国際原子力機構(IAHA)は「五層の防護」として、過酷事故対策や、放射能放出に備えた防災対策までを求めている。大飯原発でこの国際基準がどのように満さてれているのかもよくわからない。
結局のところ、「原発を動かさないと電力が足りない」という経済原理や不安解消を優先し再稼働を決めようとしている。原発前と根本的に何も変わっていない。


大飯原発の再稼働を決定した理由として、夏の電力需要への不安が最大の理由とされていますが、関西地方が15%の電力節電ができないとは思えません。

我が家では、昨年の原発事故以降節電に努め、最大で30%、平均でも20%以上の節電をしました。それも特別だいそれたことをした訳ではありません。
冬はホットカーペットの使用をできるだけやめ、毛布のなかに湯たんぽを入れました。特別寒くなければこれで過ごせました。
風呂や便座トイレの電源を切り、使用するときだけ入れました。
台所で電子レンジやトースターの常時接続もやめ、使用するときだけコンセントを入れるようにしました。
伊豆地方の夏はあまり蒸し暑くないので、エアコンはなしでも過ごせます。

各家庭でいろいろ事情はあるでしょうが、これくらいの努力で20%位は節電できるのです。

昨年の夏、東京電力以北の経済界や家庭では、こうした努力を重ね、厳しい夏を乗り切ったのです。

昨年の夏、車で四国まで旅行に行ったのですが、東京電力管内ではトンネルは真っ暗だったのに煌々と灯りはついていたし、いろんな施設で節電をしているような気はしませんでした。

関西圏の経済界や家庭でどれだけ節電の努力をしているのか、こちらからは伺いしれません。

結局のところ、「原発を動かさないと電力が足りない」という経済原理や不安解消を優先し再稼働を決めようとしている現状に、「この夏を乗り切ってしまったら、原発の再稼働は永遠に行われない」という原子力村の危機感を感じます。
posted by やまちゃん at 09:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本の政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:


この記事へのトラックバック