3月10日夜、私は三島駅北口からマイクロバスに乗り込みました。浜松市、藤枝市、静岡市、伊豆市、御殿場市からの参加者10名を乗せたマイクロバスは、深夜の高速道路を 福島県に向かって走り続けました。
これでは帰還したくても叶わないと思いました。生活に必要なインフラが全く整備されていないところへ帰還しても生活はできないからでしょう。
途中で仮眠をとり、福島市南相馬市小高地区に到着したのは早朝でした。
今日から2日間の「東日本大震災支援防災研修」がスタートしました。
2016年7月12日午前零時、福島県南相馬市の小高地区では、原発事故から5年4か月にわたって続いてきた政府による非難指示が解除されました。早朝にはJR常磐線の原の町―小高間の運転が再開されました。原発事故前に約1万3000人が暮らしていた町に再び住民が戻れるようになりました。
私たちが訪れた2017年3月11日早朝のJR小高駅です。丁度列車が到着しました。降りてきた人は10人ほど、全員小高地区住民ではなくボランティアか視察に訪れた人たちでした。
駅前には放射線量計が今の放射線を測定し、表示しています。
駅前道路です。信号は点滅していますが走っている車は全くいません。
小高駅周辺の家々を見ても、震災の傷跡はほとんど見当たりません。しかし、住民はほとんどいません。
どこへ行ってもあるコンビニさえ一軒も開いていません。ほかの商店も開いていません。
これでは帰還したくても叶わないと思いました。生活に必要なインフラが全く整備されていないところへ帰還しても生活はできないからでしょう。

