東日本大震災から15年。
復興の歩みは遅く、特に原発事故の周辺の自治体の復興は今でも遅々として進まない状況です。
しかし、15年たって大津波の被害、原発事故の被害は人々の記憶から遠のきつつあります。
私は、2012年に被災地を訪れました。石巻市が中心でしたが、壊滅した商店街や民家の姿、ビルの屋上に乗っている船舶、日和山から見た津波に飲み込まれた石巻市沿岸沿いの何も残っていない街々などの恐ろしい光景・・・忘れられません。
当時のブログにその様子を投稿しましたが、今はここでは読むことができません。
2017年の3月、私は仲間と3度目の被災地を訪れました。
その様子を「これが復興か 福島の今」にまとめました。この記事はこのブログで読むことができます。興味のある方はカテゴリー「東日本大震災」からご覧ください。
その中から2017年4月7日の投稿を紹介します。
2017年04月07日
これが復興か 福島の今・・・その3 飯館村
大震災の翌年2012年の3月11日、私は陸前高田市のある場所で開かれた追悼式に参加しました。大震災から1年目、津波の傷跡がいたるところに残っていいました。寒い寒い1日でした。被災された住民の方たち、そしてたくさんのボランティアの方たち、行政の方たち等が津波に飲み込まれた集落を見下ろせる高台に集まり、追悼式を行ったのです。
大震災が発生した時刻、サイレンの音ともに参加者全員が手をつなぎ、黙とうしました。あちこちからすすり泣きの声が聞こえ、私も映像で見たあの凄まじい光景が頭の中にフラッシュバックしてきて、嗚咽が止まりませんでした。
あれから5年、2017年3月11日 午後2時15分より南相馬市民文化会館で「南相馬市東日本大震災追悼式」が開催されました。私たち10人も追悼式に参加しました。
http://iizusiseirepo-to.seesaa.net/article/448779942.html?1615082292
私が2012年に訪れた石巻市日和山。2011年3月11日にその日和山山頂から撮影された津波の様子をとらえた映像があります。
大災害を風化させないためにも、私たちは当時の記憶をしっかりと頭に刻み込み、遠くない将来に必ず起こると予測されている大災害に備える必要があると思います。
3・11・2011 石巻市
石巻市に押し寄せる津波
石巻市を襲う津波の様子を捉えた映像(石巻市日和山公園から撮影)
降雪が激しくなってきた石巻市。鳴り響く警報サイレンの中、高台に多くの人たちが避難してくる。
旧北上川の河口から、徐々に津波が逆流し、航行する船を激しくあおる。
次第に高さを増す波は、家屋まで流し、水面は無数のがれきで覆われる。
映像を海岸側の門脇・南浜地区に転じると、すでに街のほとんどが波にのまれ、壊滅状態に。
なすすべもなく惨状を見つめる人々。やがて、波間に漂うがれきが炎上しだし、爆発音もとどろいてくる。
近くの住宅地から、さらに遠方をのぞくと、黒煙が大きく立ちのぼっている。
https://www.youtube.com/watch?v=eBs7yfl8Se0
2026年03月11日
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